羊堂本舗 ちょき - 儀礼的無関心反応リンク集
先日から出ていた儀礼的無関心についての話。
個人的には松永さんの意見とほぼ同じような感じ。
自分としては気を遣うこともあるし、気を遣ってやれよーと思うこともある。
ただそれが当然守られるべきモラルのような形にまで至ると窮屈だなぁと思う。
リンクは原則自由で、webの世界はそういうもの。
だから好き勝手やっていいのだ。とまでは思わないですけどもね。
各自が各自の判断でやればいいことだと思うし
ケースバイケースだとしか言えない。
電車の車内で他の人のことを気にしない、という例での
儀礼的無関心というのをあてはめるのは
www上では「儀礼的無関心」と「無関心」の区別をつけにくい
という意味でちょっと違和感があるかもなと思った。
結城さんの仰るような「何の反応もなくてやめちゃうかも」
ということに対しては
「無関心なのではなくて”儀礼的”な無関心である」
ということがわからなくてはいけないのかなと思ったり。
自分の書いている日記を誰が読んいるのか、読まれているのか
ということについてはアクセス解析で判断するか
掲示板やコメント、リンク先でのコメント、TrackBack等を
含めた直接的なリアクションで判断することになる。
この中で「儀礼的無関心」を表現できそうなのはアクセスログだけだが
それとて実際のところページを開いただけであり
無関心か儀礼的無関心かの区別はつけられないはず。
で、実際のところあるサイトが大手サイトからリンクをはられて
アクセス解析を見たらとんでもない数になっていて
びっくりしてしまって閉じてしまう。というような場合
それはアクセスログを元にしているわけで
ログを無関心かどうかの指標にするには無理があるとも思う。
儀礼的無関心を感じることができるのはどういう場合なんだろう。
僕がフォーマットあるいはプラットフォームとしてのblogに
期待したのは「リンクされてあたりまえ」を体現してると感じたから。
TrackBackなんかはそれをさらに明示したものであろうと
そう思っていたのだけれども、それでもやはりTrackBackに対する遠慮が
出てしまうのが実情なんですよね。
相互リンクよりも個人のアンテナやblogrollingのようなリンクリストのほうが
気楽とはいっても、やっぱりそこからはずすには一定の配慮をしたり
なかなかやっぱ難しいものだなぁと。
この辺りは以前にもリンクの重さ・軽さという言葉で書いたことがあるけれど
そうそう一筋縄ではいかないんだなというのも実感。