March 29, 2003

平和のための戦争

なんだかこういう話ばっかりで嫌になることも事実だけど
やっぱり今考えてないといけないことのような気がするので
あえて止めずにおく。


2003/03/19 (水) イラク戦争賛成。1&2@SAN FRANSISSYCO

PeaceかWarか、では無くPeaceの為のWar


アメリカからのものの見方。見え方。
やはり価値観も変われば環境も変わる、色々と新鮮な日記。


今回の戦争について書いてある文章の中にある
「PeaceかWarか、では無くPeaceの為のWar」という理屈はわからないではない。
昨日僕が書いたような「侵略者が来たら軍事力で迎えうたなきゃならない」
というような局面には当てはまる言葉だろうと思う。
ただ、この方の日記をずーっと遡って読んでみて
わかるようなわからないような違和感が拭えなかったんだけど
さっきようやく気が付いた。
「Peaceの為のWar」というがそれは一体
誰の為のPeaceなのかということが抜け落ちている。
それをアメリカは他の国々(国連)と共有することができなかった。
だからアメリカが批判されてるんじゃないの?

 
もうひとつ思い出したことでアメリカのFIlterというバンドのインタビューがある。
Burrn!というヘヴィメタル専門誌に確か去年の秋頃掲載されたインタビューなんだけども
「俺達がテロリストを粉砕してやる。悪いようにはしないからアメリカにまかせとけ。」
というような発言があって、うげーと思ったことがあった。
(思い出しながら書いたので詳細が違うかもしれないが、大意はこんな感じ)
その時は、任せられません。信用できないし。と感じた。
アメリカはアメリカの為に力を使う。それは当然のことだから批判するつもりはない。
ただ、だからこそ世界の警察にはなりえないのだ。
上のことも同じで、イラクはある程度アメリカにとって脅威だったのかもしれないが
それは他の国々と捉え方が共有できていなかったばかりか
アメリカが独自に「平和をつくりあげる」ということを他の国は望んでいないということ。
確かにアメリカは世界唯一の超大国だけれど、警察だとは思われていない。
どちらかというと飲屋街を仕切る用心棒のようなもので、
必要悪だと思われているか純粋に怖がられているか。
アメリカがその軍事力を使うことについて国際的に信用を得られていれば
今回のような国連での物別れには発展しなかったと思う。
そしてそれはテロの標的にされることと、近い根っこの話であるような気がする。
アメリカは信頼されておらず、怖がられている。
そして今回の戦争はその構図を強める方向へ働く。


イラクが危ない国だということについては同意できる。
だけれどもあのまま査察を続けていくことで
丸裸にできたんじゃないのか?っていう見方もあるのではないだろうか。
強権的に平和を作るというやり方をとるのであれば
それこそアラブ世界を丸ごと征服しなければ
その「平和」はやってこないんじゃないだろうか⋯。
どうしても戦争がしたいようにしか見えなかった。
だからこそ批判がまきおこっているのだと思う。


日本は何をしたのかというと何も言えないのだが
アメリカが孤立化してしまうようでは世界の緊張が増してしまう。
そしてそれは決して平和のためにはならない。

Posted by kengochi at March 29, 2003 01:14 AM
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